草間彌生〜現代アートの女王が織り成す「水玉と網目の革命」 Vol.1/2

草間彌生 現代アートの女王が織り成す「水玉と網目の革命」

「水玉の女王」「前衛の女王」、様々な呼称を持つその人、草間彌生。海外でも高く評価される数少ない日本の現代アーティストです。アートに関心のある人なら、誰もが一度は水玉や網目、カボチャをモチーフにした彼女の作品を目にしたことがあるのではないでしょうか。

>>草間彌生~現代アートの女王「永遠」への挑戦~ Vol.2/2


【はじめに】
 草間の活動は、絵画から彫刻、パフォーマンス、小説、映像など、ジャンルの枠を超えて多岐にわたっています。そしてそのどれもが、作品に接する私たちに強烈なインパクトをもたらします。

 機会があれば、比較的小さな作品でも、少し離れたところから見てみてください。壁に掛かっているのがその作品だけであっても、まわりに様々な絵が掛けられていても、なぜか草間の作品に目がいってしまうことでしょう。ビビットなカラーリングや、印象的なモチーフだけではない、人を惹きつける『何か』がそこにあることを感じずにはいられません。

 「絵画」とか「彫刻」とか「映像」とか「日本」とか「世界」とか、そんな狭苦しい枠の中に収まりきらない草間ワールド。何がそんなに、見る者を惹きつけるのか。そのパワーはどこからきているのでしょう。その魅力を紐解いてみたいと思います。



アートシーンを席巻する草間彌生

 現在世界で最も高額で取引される日本人画家、草間彌生。特に、近年の草間彌生作品の価格の高騰は、目を見張るものがあります。しかし、80年代までは知る人ぞ知る芸術家の一人でした。「現代アートの女王」と呼ばれるまで草間彌生はその地位をどうのように築いていったのでしょうか。

 草間彌生の世界での評価を知るために、海外オークションでの落札価格の推移を見ていきましょう。著名や海外オークションでの評価は、世界でその作家がどれくらい評価されているのかを客観的に知ることができます。
 草間の作品は、80年代後半、1000万円前後で取引されていました。ところが2000年代に入ると5000万円から一億円ほどに急騰し、2015年10月に香港で開かれたサザビーズのオークションでは、約8億円で落札されたのです。

 草間彌生の作品として初めて100万ドルを超えたのは2005年、クリスティーズNYのオークションでのこと。草間のアイコンでもある網目(ネット)の作品「No. B,3」が高い評価を受けたのです。3年後の2008年、リーマンショック直後の不況下でのオークションで、作品《No.2》が約579万ドルで落札。他の落札価格が大下落する中、想定落札価格の倍という高値で落札されました。草間の人気は不況の波さえ跳ね返すのでした。

 2011~12年に欧米4か国での大回顧展が大成功を収めて以降、評価額の高騰にますます拍車がかかっていきます。2014年クリスティーズNYのオークションで、代表作「無限の網」シリーズの「White No.28」が8億2300万円で落札。2015年のサザビーズ香港では、同シリーズの「No. Red B」が8億4500万円で落札されます。

 オークションでの草間彌生作品の合計落札額は2005年は43作品で約3億円、世界240位でしたが、10年後の2015年の合計落札額は464作品で約70億円、世界42位と急上昇することとなりました。2016年には文化勲章を受章し、2017年には国立新美術館で「草間彌生 わが永遠の魂」展が開催されるなど、国家に認められた作家になりました。

 「かぼちゃのひるね」というシルクスクリーンの版画作品は、2011年と2016年の落札価格に驚くべき差がつきました。そして2019年には《Interminable net #4》が約795万ドル(約8億7,500万円)で落札され、オークションレコードを更新しました。
 オークションだけでなく百貨店などの一般美術市場でも、草間彌生は絶大な人気を誇ります。百貨店や画廊では個展でない限り他の作家の作品と一緒に展示されますが、ぶらっと会場を見て回っている人も、老若男女、草間作品の前では必ずと言っていいほど立ち止まります。草間彌生の作品から湧き出ている力がそうさせるのでしょう。

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世界に広がる「草間ワールド」

 草間の作品が最初に評価されたのは、アメリカ、ニューヨークでした。なぜ日本ではなくアメリカだったのか。それには彼女の生い立ちが関係しています。

 草間彌生は1929年、長野県で裕福な家庭に生まれました。しかし、父親に放蕩癖があって、それに悩む母親からの虐待を受けてしまいます。その影響で、
彼女は幼い頃から幻覚や幻聴に悩まされ、医師から統合失調症と診断されます。
 見るものすべてが水玉で覆われて見える。犬や花が人間の言葉で話しかけてくる。そんな恐怖から逃れるため、10歳の頃から水玉や網目模様の、幻想的な絵画を描くようになりました。その頃の作品である母親の肖像画にも、無数の水玉が描かれています。

 画家としての才能が現し始めた草間は京都の美術学校で日本画を学ぶことになりますが、旧態依然とした日本画壇に失望してしまいます。長野の実家へ帰り、作品制作に没頭。
国内で何回かの個展を開く中で、草間作品の理解者の紹介でニューヨークの国際ビエンナーレに招待される機会に恵まれ、渡米へのきっかけをつかみました。
 1957年、草間は28歳で単身渡米することに。それまでに描いた絵をすべて捨てて『絵を描いて生きていく』という固い決意の渡米でした。しかし、当時のニューヨークでもてはやされていたのはアクションペインティング。売れない、食べられない日々が続きました。それでも草間は信念を曲げずに作品を描き続けました。

 その頃草間が描いていたのは、画面をびっしりと覆い尽くす「網目」。渡米時に初めて乗る飛行機で見た太平洋の波もよう。始まりも終わりもなく、ただ網目が反復する。その網は渡米後にも悩まされて続けていた幻覚にもつながり、画面に表現したのです。
 この「無限の網」シリーズは、やがて美術評論家らに「それまで見たことのない前衛的な表現」と絶賛を博するようになります。ここから「網目(ネット)」は草間作品の中核をなすモチーフとして、世間に知られるようになりました。
 こうして「網目(ネット)」と「水玉(ドット)」は世界が認める草間のアイコンとなります。彼女自身の存在をかけた気迫が伝わってくる、その頃のこんな言葉があります。

 「ピカソでもマチスでもなんでもこい。私はこの水玉一つで立ち向かってやる」(『無限の網―草間彌生自伝』)

 1960年代、草間は絵画や立体作品の制作だけではなく、ベトナム反戦や性の解放などをテーマにした「ハプニング」と称されるパフォーマンスを実行します。
街中や公園で若い男女が突然裸になり、草間が彼らの身体に水玉をペインティングするという刺激的な表現で、「前衛の女王」の異名をとるようになりました。しかし過激ともとれるその表現は、ニューヨークで高い人気を集める一方、多くの批判も受けることになりました。特に当時の日本では「奇をてらっている」とバッシングを受けることになってしまいます。

 そんな中1973年、親友でパートナーのジョゼフ・コーネルがこの世を去ります。草間は体調を崩し日本へ帰国、そのまま入院することとなります。
 遠い日本からたったひとりで、ニューヨークのアート界に乗り込んだ草間彌生。その独創的な作品で一時は喝采を浴びるものの正当に評価されず、帰国した草間は、一時期、世界のアートシーンから忘れ去られた存在となりました。

 1970年代後半から1980年代にかけて、草間は「ハプニング」に対するバッシングの影響もあり、表舞台から姿を消していましたが、再び脚光を浴びます。そのきっかけとなったのは、1989年にニューヨークの国際現代美術センターで開催された「インフィニティ・ミラーズ」でした。草間の独創的な作品はここで再び世界の美術界で注目されたのです。
 海外で再評価されるようになった草間は、1990年代、再び活発に活動し始めます。

 1993年(平成5年)、ヴェネツィア・ビエンナーレに日本代表として参加。「無限の鏡の部屋:かぼちゃ」の部屋の中で、草間は自らかぼちゃを彫刻してみせました。
かぼちゃは草間彌生にとって自画像。かぼちゃへの変身願望があったともいいます。発表とともに水玉模様のかぼちゃは草間彌生の代名詞となり、以来多くの作品に登場します。このヴェネツィア・ビエンナーレの成功は、草間の世界的再評価熱に拍車をかけました。

 その評価を揺るぎないものにしたのは2011年から2012年ロンドン・ニューヨークなど世界4都市を巡回した大回顧展です。ロンドンのテート・モダンのキュレーター、フランシス・モリスによる企画で大成功を収めたこの展覧会以降、草間はまさに世界の寵児となります。
 2014年には中南米とアジア11都市で個展を巡回開催。観客数200万人を超え、日本人女性のアーティスト作品が熱狂的に迎えられる様子は世界で評判になります。 

 この年、「世界で最も人気のあるアーティスト」(アート・ニュースペーパー紙)に選ばれました。

 2016年にはTIME誌の「世界で最も影響力のある100人」にも選出され、日本でも文化勲章を受章。海外から高まった草間彌生の評価と人気は、日本でも不動のものとなったのです。

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草間のアイコン「水玉(ドット)」と「網目(ネット)」

 草間彌生といえば「水玉」と「網目」。草間はこのモチーフで世界のアートシーンの頂点へ躍り出ました。草間が初めて世界で認められた作品「無限の網」。画面一面に網目が広がっています。一見単純に見えるその作品が、不思議なことに見る人の心を捉えて離さない。この不思議な魅力はどこからきているのでしょうか。

 そもそも「ドット」とは何でしょうか。手もとに新聞があれば、モノクロ写真をルーペで覗いてみてください。丸い点々の集合で表現されているのが見えるはず。網点(あみてん)と呼ばれる、印刷ではおなじみの手法です。

 印刷物はグラデーションの中間値付近で『白地に黒の点』が『黒地に白の点』に切り替わりますが、草間の「水玉」は、ドットのサイズが極大化したり、すき間を埋めるようにドットが増えたりしています。ドットの繰り返しという規則性の中に不規則性を混ぜ込むことで、反復性が支配する作品中にゆらぎをもたらしています。このゆらぎは、規則的なの美しさの中にある種の「不安感」を与えます。それが見るものが惹きつける魅力となっているのです。それはもうひとつのアイコンである「網目(ネット)」にも同じことが言えます。

 「ドット」と「ネット」は一見全く別物に見えますが、実は実在と影のように、同じものとも言えるのです。

 印刷物のシャドー部(暗い部分)を見れば、『黒地に白の点』になっているはずです。印刷では白点部を大きくしていくと中間値で黒点に置き換わるようになっています。しかしそうはせずに、白点を重ならないぎりぎりのところまで大きくしていきます。すると黒字の部分は次第に細くなって最後は黒い線になり、メッシュだけが残ります。

 ドットもネットも表裏一体。錯視図のルビンの壺での『壺と横顔』のように、両者は反転の関係です。まるで素粒子物理学の、物質と反物質のように。
 草間の網目はクロスメッシュのこともあれば、三角形の集合の場合もあります。3Dグラフィクスのサーフェス工程とそっくりなことに驚かされます。ワイヤーフレームに着目すれば網目、ポリゴンに着目すれば水玉になるからです。草間作品における水玉と網目は、彼女の幻覚から同時に生まれた双子の存在だったのです。

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進化を続ける現代アートの女王

 今年92歳になった草間彌生。しかし彼女の挑戦は現在も衰えることなく、一層パワフルに続いています。

 2009年に制作を開始した《わが永遠の魂》は、現在も描き続けられ、作品総数は700点を超えました。この作品では水玉ではない新たな見慣れないモチーフも鮮やかな色彩で表現されています。2017年には国立新美術館で本作を中心に据えた展覧会が開かれ、動員数は50万人を超えました。現在は東京にある草間彌生美術館で堪能することが出来ます。

 同じく2017年、鏡をテーマにした「Infinity Mirrors」展が北米6つの美術館を巡回。宇宙的な広がりを意識した作品で、草間のパワーが世界を飛び越えて宇宙にまで広がった感があります。
 また、2000年前後からブロンズ、アルミといった素材を使ってアイコンであるカボチャなどのモチーフを表現するようにもなりました。ここにも草間の意識の変化、新たな挑戦が見られます。

 アート界の頂点をきわめた草間彌生ですが、高名な作家にありがちな、作品や思想が難解なことなどもありません。ポップなモチーフ、ビビッドなカラーリング、心はずませるアーティフィシャルな質感。それがつらい過去と戦うための手段だったと知る人は少なくても、草間作品は幅広い層にインパクトを与え、高い好感度を獲得しています。そして今後も、世代を超えた支持を集め続けるに違いありません。

近年評価を上げている草間彌生の立体作品「帽子(ブロンズ)」を出品中
1980年代以降はそれまで制作してきた絵画や彫刻作品、インスタレーションのモチーフとして使用し続けてきた水玉やネット、男根状のモチーフなどともう一度向き合い、具体的なモチーフと組み合わせて作品を制作した。

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